
by touhaku
仕事でぼろ雑巾のようになった体を引きずって帰ってきて。
「おかえり」と出迎えてなんかくれなくてもいい、
ソファにどっかり大の字になったときに、そっと寄り添ってくれたら。
それが「メシくれ」の催促なだけだったとしても、かまわない。
ふわりと柔らかく、あたしがいないと生きていけない、生き物。
犬のようにかまわれたがらず、散歩の日課も必要ない。
お互いに自由に生きながら、たまに静かに寄り添いあう。
そんな理想の相棒。それは、猫。
この小さなマンションの部屋で飼うことがかわいそうだとか、
そもそもここはペット可なんだっけか?ということだとか、
そんな言い訳よりも最大の、なかなか飼えない理由は。
生むという機能を、あきらめた顔して生きていながら、
心の底で、やっぱりひっかかっている。
たくさんの、「まだ」や「もう」。
ふわりと柔らかく、あたしがいないと生きていけない生き物。
それを欲しているという時点で、もうひとつの可能性を、
やっぱり自分は求めているのではないか、と気づいてしまったりして。
人気blogランキングへ
クリックしてくださると、筆がすすみます
猫を飼う、マンションを買う。
どちらも生まないと決めたみたいで、決断できないもの。
今日もクリックよろしくです☆
コメント (2)
おんなじ悩みを、まさに今かかえてますw
マンション買ったって
ワンコ(あたしはね)飼ったって
結婚することだって
子供産む事だってできるのにね
なんで「できない」って
そうすることが「あきらめ」だって
思っちゃうんだろうね
人間って複雑(苦笑)
投稿者: daizu | 2007年09月18日 10:48
日時: 2007年09月18日 10:48
■daizuさま
そうなんですよね。
実際はあきらめる必要もないことなのだけど、
自分の奥底で「あきらめた」と決断を
くだしてしまったみたいな気持ちになるというか。
いろいろ考えすぎてしまうのが、三十路の悪いとこかも。
投稿者: saredo | 2007年09月26日 11:06
日時: 2007年09月26日 11:06